0.事案の概要
この事案は、知的障害・学習障害のある元従業員が自殺した事案で、その遺族Xが会社Yの配慮不足などが原因であるとして損害賠償を求めた事案です。裁判所はXの請求を否定しました。
1.予見可能性
この裁判所は、予見可能性(⊂安全配慮義務違反・注意義務違反)の他にも、因果関係や損害額の問題があるとしつつ、Yには予見可能性が無かったとして、その他の問題を検討せずにXの請求を否定しました。
適用されるルールや基準は、従業員の自殺に関するこれまでの判例や裁判例に示されたものですので、ここでは特に検討しません。
具体的にどのような事情が判断に影響を与えているのかを中心に検討しましょう。
たしかに、X側は、プレス機械を担当させたことが過重であった、そのことをYは知り得た、と主張しています。その中では、YはXから、当該元従業員に知的障害・学習障害のあることを伝えられ、それを知りつつ採用したこと、作業内容を覚えるためにメモを作って持ち歩かざるを得ず、その字も次第に読みずらくなっていったこと、覚えが悪いと会社で相談していたこと、前日にプレス機を停止させてしまった(反省し、プレッシャーを感じていた)こと、等の事情が上げられており、それ自体は、会社の予見可能性を肯定すべき方向に働く事情です。裁判所も、これらの事情は「業務の過重性や心理的負荷を認識する契機となり得る」としています。
けれども、自殺が、高校卒業後の入社から僅か2か月足らずに起こった事故であり、Yが当該元従業員を見極める時間も限られていただけでなく、新入社員研修後の理解度テスト、プレス機の安全教育などの機会ごとの理解度テストでいずれも満点だったこと、仕事も順調に覚えていたこと、プレス作業への意欲も見せていたこと、実際、そのための一連の作業を順番に、しかも順調に理解していたこと、実習も、先輩従業員が必ず立会い、叱ることをせず、まず先輩従業員が手本を示す、という方法で指導していたこと、休日出勤はなく、残業もほとんどないこと、他の従業員や友人から見て変わった様子がなかったこと、休日のイベントである休日のソフトボール大会に参加し、活躍するなど、人間関係も良好だったこと、等を詳細に認定し、そのうえで、予見可能性が無かった、と認定しました。
2.実務上のポイント
会社から見た場合のポイントは、どこまで配慮すべきか、という点です。
この事案では、障害のあることが最初から分かっていましたので、相当の配慮が要求されてもおかしくないところです。さらに、裁判所は言及していませんが、当該元従業員が死亡したのは、4月入社から1か月少し経過した、連休後の時期であり、時期的に見て、いわゆる「五月病」が出る時期ですので、より慎重に観察しなければならない時期だったかもしれません。
けれども、作業に先立って研修を行い、理解度をテストしていること、実際に作業が始まっても、作業には先輩従業員が必ず立会い、叱らず、まず手本を示しながら、簡単な作業から順番に理解させていったこと、等を考慮すれば、しかも裁判所が、これら作業を「比較的すぐにできるようになった」と認定するように、先輩従業員も当該元従業員の理解度を確認し、本人にも納得させながら指導していたことがうかがわれます。
つまり、ここでは過重なストレスによる心身の耗弱が発生したかどうか、その予兆に気づくこと、すなわち「予見」することが問題になっているのですが、本人の理解や意欲も確認しながら毎日の作業が行われていることから、予見可能性は無い、すなわち予見義務は果たされていた、と評価されているのです。
このことから、実務上ポイントとなるのは、障害が明らかな従業員に接する場合、決して無理をさせない、ということも大事なのですが、その前提として、本人と十分コミュニケーションをとり、納得しているか、意欲があるか、という点を確認しながら作業を進めることが重要である、と思われます。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、特に気になる判例について、コメントします。
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