0.事案の概要
この裁判例は、互助会員の募集等を行う会社Yの代理店として業務を行っていたAに、代理店従業員として採用された2名のXが、Yの従業員であること(XY間に労働契約があること)の確認などを求めた事件について、XY間の労働契約を否定しました。
特に問題となる条文は、会社法14条です。
(ある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人)
第十四条 事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、当該事項に関する一切の裁判外の行為をする権限を有する。
2 前項に規定する使用人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。
1.Aに代理権があるか
Aが、Yの人事部長など、Yの従業員であって、Yの採用活動に関する権限を有していれば、AがYの採用活動をしている限り、XY間に労働契約が成立します。これが、通常の採用の法律構成です。
ところが、AはYの従業員ではなく、ましてやYの採用権限を有するわけではありませんから、このような通常の法律構成は成立しません。
そこで、Xは、会社法14条による労働契約の成立を主張しました。
同条には、例えば、人事部長には採用など、人事に関する一切の権限がある(制限しても善意の第3者に対抗できない)、という、当たり前のことが規定されています。
何の存在意義がある規程なのか、議論の余地がありますが、少なくとも、①広い権限が与えられた②使用人であれば、③個別に代理権を証明しなくても、代理権が認められることになります。③に代えて①+②を証明することでも良い、つまり、原告は証明方法を選択できる、ということです。
しかし、この裁判所は、②使用人であることを否定しています。
Aは、Yの従業員ではありませんので、②「使用人」を、労働契約があること、と位置付けると、わざわざ検討するまでもなくなりますから、ここでの②「使用人」は、違う意味になります。多くの裁判例が、この②「使用人」のことを、労働法上の労働者の意味と評価し、業務指示などに対する諾否の自由、指揮監督の有無、拘束性の程度、報酬の労務対償性、事業者性の有無、専属性の程度、等に即して労働者性を判断しています。この裁判例も、同様の基準を適用しています。
けれども、仮に、②「使用者」に該当しても、①広い権限が与えられていたことの証明が必要です。この事案で、代理店であったAに、人事部長のような権限があったということは考えにくく、いずれにしても証明が困難な状況です。
2.その他の論点
さらに、XY間の労働契約の存在について、Xは、④XY間に黙示の労働契約がある、⑤Yが、Aは従業員でないと主張することは許されない(したがって、YX間に労働契約があることになる)、等と主張しています。
しかし、裁判所は、このいずれの主張も否定しています。
いずれも、裁判所の認定した事実を前提にすれば、Aが代理店だったことが比較的明確であり、Aに雇われたXについて、実はXY間に労働契約があった、という評価が難しく、裁判所の判断は合理的でしょう。
3.実務上のポイント
問題は、会社法14条です。
この法律構成は、直接XY間の労働契約を認めるものではなく、いったんAの権限を認めたうえでXY間の労働契約を認めることになるため、少しわかりにくい構造になっています。形式的な契約上の法律構成よりも、実態を重視する労働法の分野では、当事者間の労働契約の有無を直接認定する場合が多く、まずはAY間の労働関係を認定し、それによってXY間の労働関係を認定する、という構造は普段あまりお目にかかりません。
ここで特に気になるのは、労働契約のない従業員が採用権限を有することになるのは、どのような場合でしょうか。
②「使用者」に関し、裁判所の示したルールによると、そもそも労働契約を結んでいないが、しかし明確な指揮命令下にある労働者となります。他方、③権限に関し、人事部長のような広い権限を有することになります。
では、実際にこのような立場にあると評価される人は、どのような人でしょうか。
例えば、近時「顧問」として、他社を引退したシニアを安く雇うことがはやり始めていますが、そのような場合がこれに該当するかもしれません。人事部長が退社してしまい、顧問として人事部長経験者を雇い、この顧問に人事部長の役割を暫定的にお願いするような場合でしょう。
しかし、この顧問によって採用された者がその会社の従業員となることについては、会社法14条のような回りくどい法律構成を取らなくても、顧問に採用権限があったかどうか、という点を直接議論すれば良い場合の方が普通でしょう。
この裁判例を見る限り、会社法14条によって労働契約が認められる、という法律構成が適用される事例がどのようなものなのかよく分かりません。今後、事例の蓄積が注目される論点です。
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