判例

労働判例の読み方「パワハラ・自殺」【食品会社A社(障碍者雇用枠採用社員)事件】札幌地裁R1.6.19判決(労判1209.64)

0.事案の概要

 この事案は、うつ病の既往歴を有し、障害者として雇用された従業員Kが、特にその上司からストレスを受け、それによって自殺したとして、遺族Xが、会社Yに対し、損害賠償を請求したものです。裁判所は、損害賠償請求を否定しました。

1.特徴

 この裁判例の特徴は、事実認定にあります。
 すなわち、この裁判例は、例えばKに対して仕事を与えなかったり、厳しい指導をしたことなどについて、注意義務違反を認定しています。けれども、そのことが、もともとKが有していたうつ病を悪化させ、自殺の原因となったわけではない、として因果関係を否定しています。
 これは、Xにとっては非常に厳しい判断ですが、メンタルの因果関係の認定が難しいことは、例えば、厚労省のHPでも入手できる「精神障害の労災認定」と題するパンフレットでは「『発病後の悪化』の取扱いについて」と題する章で、「特別な出来事」がなければ労災認定しない、と記載されています。
 これは、特に精神障害の場合には、新たに加わったストレスの影響を測定することが難しいことによります。実際、業務にはある程度のストレスは必然的に伴ううえに、この事案でも認定されていますが、精神障害者は、健常者よりもストレスに対して脆弱な場合が多く、既往歴のある精神障害者について、因果関係を簡単に認定してしまうと、精神障害者を雇用することのリスクが極めて大きくなってしまい、精神障害者を雇用する人がいなくなってしまいます。
 うつ病の既往歴があることから、因果関係の立証が難しくなってしまう、という点は、現在の過失責任を中心とする不法行為の体系から見ると、限界かもしれません。

2.実務上のポイント

 とは言っても、やはり障害者に対しては、障害者なりの丁寧で慎重な対応が不可欠です。健常者と同様に扱ってよい、というものではありません。ここで示されたのは、不幸にして事故が起こった場合の話であって、もちろん、事故を起こさないことの方がはるかに大切です。
 その意味では、この裁判例は、決して褒められるレベルの対応をしていたとは言えません。
 最近の裁判例で、障害者に対し、相当慎重で丁寧な対応をしていた事案としては、①#97の「大阪府・府知事(障害者対象採用職員)事件」(大阪地裁H31.1.9判決、労判1200.16。これは、本人が障害者であることを隠していた事案です。それにもかかわらず、上司は医師の受診を勧めるなど、本人をよく観察し、サポートしていました。)や、②#99の「富士機工事件」(静岡地裁浜松支部H30.6.18判決、労判1200.69。これは、障害者として新卒採用した事案です。きめ細かい指導と観察、ベテラン従業員によるつきっきりでのOJTなど、相当手厚くサポートしていました。)が、参考になるでしょう。

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芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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