0.事案の概要
この事案は、職場での従業員同士の喧嘩によって後遺障害を負った原告Xが、加害者Y1と会社Y2に対し、損害賠償を請求したものです。裁判所は、Y1の責任を肯定しましたが、Y2 の責任は否定しました。
ここでは、Y2の責任について検討します。
1.使用者責任
Y2の責任を認める場合の法律構成の1つ目は、民法715条の使用者責任です。
これは、従業員と会社の場合が典型ですが、従業員が「事業の執行につき」加えた損害を、会社も責任を負う、というルールです。「事業の執行につき」という言葉が抽象的で、幅のある概念であるため、①事業の執行を契機とし、②密接な関連を有する場合である、という判断枠組み(ルール)が、裁判所によって示されています。
従前、この「事業の執行につき」は、かなり広く認められており、例えば同じ従業員同士の喧嘩であっても、「鋸を貸してくれ」と言ったところ鋸を投げつけた同僚に暴行した事案や、勤務中の飲酒を注意されたバーテンが同僚を殺害した事案、印刷機のトナーの交換の際の口論が暴行に発展した事案、等で「事業の執行につき」該当性が認められています(労判1208.62~)。
これらとの違いが問題になります。
確かに外形上は、緊急コールのコンセントが外れていたことが口論のきっかけですので、①事業の執行を契機としており、②それを正そうというやり取りが原因ですので、事業との密接関連性が存在するようにも見えます。
ところが、裁判所はこれは単なるきっかけにすぎず、喧嘩の原因は暴行以前からの個人的な感情の対立、嫌悪感の衝突、挑発的侮辱的な言動にあること(②)、口論のきっかけとなったミスも、業務として指示されていたものではないこと(①)、などから、①②を否定し、「事業の執行につき」を否定しました。つまり、①は業務の外形的な面から(与えられた業務ではない)、②は喧嘩の実態から(私的な感情が原因である)検討していると言えるでしょう。
「事業の執行につき」の該当性を認めた裁判例に比較すると、この裁判例との違いは相対的な違いにすぎず、質的ではなく量的な差でしかありませんが、形式と実態の両方から検討している、と整理してみれば、今後の判断の一助になるのではないでしょうか。
2.安全配慮義務違反
Y2の責任を認める場合の法律構成の2つ目は、Y2自身の直接責任(安全配慮義務違反、民法415条・709条)です。
これは、Y2に過失があることが条件となりますが、「過失」も曖昧な概念ですから、実際には、「予見義務違反」「回避義務違反」が検討されます。つまり、「気付くべきだった」「避けるべきだった」という状況になれば、「過失」が認められます。
この点についての裁判所の判断は、X入社後3回目の勤務日の事件であること、XとY1が顔を合わせる機会は1日あたり1~2時間程度で、それまで合計4時間程度にとどまること、それ以前にY1が暴行した事情はないこと、XとY1の間が険悪な状態になっている報告はないこと、などから、Y2にはY1がXに暴行する可能性を予見不可能だった、として過失を否定しています。
この点は、事実認定として違和感なく理解できるところでしょう。
3.実務上のポイント
会社の安全配慮義務違反は、従業員の健康管理の問題として、最近特に重大な問題領域となっています。言うなれば、会社はどこまで「お節介」であるべきなのか、という問題です。仕事のストレスがかかる場面での気配りは、メンタルについての責任にも関わるので、非常に慎重に対応しなければなりませんが、この事案のように、従業員同士の個人的な憎悪感情まで会社がケアしろというのは、さすがに行き過ぎでしょう。
このように、会社に何らかの原因(ストレスを与えている、など)があるかないか、が1つのポイントである、という見方も、判断の分かれ目を見分ける1つのヒントになると思われます。
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