判例

労働判例の読み方「解雇」【社会福祉法人佳徳会事件事件】熊本地裁平30.2.20判決(労判1193.52)

0.事案の概要

 この事案は、保育園Yの保育方針に合わない保育士Xが、保育園事業の経営主体変更(事業譲渡)の機会に、承継拒否、試用期間満了による解雇、懲戒解雇、解雇、雇用期間満了と、様々な口実で「退職」状態に置かれたものの、これを争い、従業員の立場にあることの確認(地位確認)を求めた事案です。裁判所は、雇用契約の存在を認め、Xが従業員の立場にあることを確認しました。

1.概観

 この事案での論点は、大きく分けると、試用期間満了による解雇までの経緯に関するもの(雇用継続、試用期間、雇用期間満了)と、懲戒解雇・解雇に関するものの2つに整理できます。
 まず、前半から検討しましょう。
 ここで、Xと新しい経営主体Yとの間で雇用契約が存在すること自体は、特に問題になっていません。当初、雇用継続しないとされたことに不満を抱き、労働組合を通した交渉が行われ、正社員として雇用されることが合意されているからです。
 問題は、その条件です。条件に関し、特に3つの問題が検討されています。

2.雇用継続

 1つ目は、従前の雇用条件がそのまま承継されるか、という問題です。もしそのまま承継されれば、有期雇用ではなく無期雇用となり、試用期間も設定されませんから、残りの論点を検討するまでもなくXの契約が継続していることが認められます(懲戒解雇・解雇の問題は残ります)。
 事実認定の問題などもありますが、特に確認しておくべき点は、事業承継の場合に雇用契約が当然に引き継がれない、という従前から認められているルールが採用された点です。すなわち、従前の条件をそのまま引き継ぐためには、そのような合意が必要なのです。
 この事案では、承継のプロセスの中で、個別に条件明示される旨、新たな給料表が添付されていた旨、特にXは組合交渉を通して雇用継続が決まった旨、等が指摘され、同一条件で承継されていないことが認定されました。従前と異なる条件を前提にすることを、Xも当然の前提にしていた点が、この判断の大きな根拠になっているように思われます。

3.試用期間、有期雇用

 2つ目は、試用期間です。
 ここで裁判所は、上記②と同様にプロセスを重視し、試用期間の約束が成立していた、と認定しました。特に、説明資料に試用期間のことが明記されていた点を重視しています。
 他方、3つ目の有期雇用については、そのような約束は成立していない、と認定しました。
 問題は、試用期間の約束の認定基準と、違う認定基準が採用されているように見える点です。
 すなわち、②試用期間については、単純に「意思の有無」を問題にしていますが、③有期雇用については、「自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」かどうか、を問題にしています。
 両者の違いについてピンと来ないかもしれませんが、例えば銀行窓口でお金を送金するとしましょう。この場合、通常の銀行窓口では「意思の有無」だけが問題になりますので、銀行は、送金依頼書の印影が登録印と一致することだけを確認すれば十分です。けれども、もしここで「自由な意思…合理的な理由…客観的に存在」を確認しなければならない、ということになると、送金の背景や金額なども一々確認しなければならなくなります。送金することの「合理的な理由」(振り込め詐欺でない、商取引の対価である、など)を、何らかの方法で確認する(「客観的に存在」)ことが必要となってしまうのです。
 実際、この判決で、裁判所は、従業員の意思表明の有無だけでなく、従業員の不利益の内容・程度、従業員が意思表明するに至った経緯・態様、従業員への情報提供・説明の内容、等を考慮して判断すべきである、としたうえで、この事案ではそれらが不十分であるとして、有期雇用の約束は成立していない、と判断しました。
 では、なぜ②試用期間の場合と③有期雇用の場合で判断基準(ルール)が異なるのでしょうか。
 技術的に見れば、②試用期間については合意の成否、③有期雇用については変更の有無、という違いがあるようにも見えます。
 すなわち、合意の成否の段階の問題として、②試用期間については実際に説明されているものの、③有期雇用については十分説明されておらず、無期雇用として契約が成立したので、有期雇用については、契約変更の問題になる、というのが裁判所の認定です。具体的には、41日の保育園開園までに、有期契約であることの説明がないまま雇用契約が成立し(他方、②試用期間の合意は成立した)、56日に労働条件通知書に署名押印した点で有期雇用への変更が問題になる、という認定となっています。
 このような時間経過があることから、合意の成否だけが問題になる②試用期間では、「意思の有無」だけが問題になり、契約内容の変更が問題になる③有期雇用については、「自由な意思…合理的な理由…客観的に存在」が問題になる、という技術的な説明ができるようにも見えます。すなわち、②試用期間についても、もし「変更」が問題になれば、③有期雇用と同じく「自由な意思…合理的な理由…客観的に存在」が問題になったかもしれないので、②試用期間と③有期雇用で、違う基準が採用されたとは言えない、という評価ができるのです。
 しかし、②試用期間の合意成立の時点でも、「自由な意思…合理的な理由…客観的に存在」を問題にすることはできたはずです(他方、③有期雇用の合意については、当初成立していないのですから、その程度が問題になりません)。むしろ、この裁判所は、②試用期間の合意を認めつつ、それは試用期間を濫用したものであるとして効力を否定していますが、もし②試用期間についても「自由な意思…合理的な理由…客観的に存在」を問題にすることができたのであれば、Xがわざわざ②試用期間の設定を進んで受け入れる状況になかったことから、最初から合意がなかった、という簡単な法律構成を導き出せたはずです。ところが裁判所はわざわざ複雑な法律構成を採用したのですから、②試用期間の場合と③有期雇用の場合とで、最初から違う基準が適用された、と評価すべきです。
 さらに、③有期雇用の合意成立の際の基準と変更の際の基準が違う、ということの合理的な理由も、判決の中に見出すことができません。この判決で、裁判所が、③有期雇用の合意が、賃金や退職金に関する合意と同程度に重要である、とわざわざ認定していることから、逆に言うと、②試用期間の合意は、賃金や退職金に関する合意と同程度ではない、ということになり、ここに、②試用期間と③有期雇用の判断基準が異なる理由が示されているのです。
 つまり、従業員にとって重要性を見ると、「②試用期間<③有期雇用」となります。この差が、有効性の判断基準の違いの根拠とされているのです。すなわち、「自由な意思…合理的な理由…客観的に存在」が必要となるのは、従業員にとって不利益な場合全てではなく、その中でも特に重大な場合である、というのが、この裁判所の考え方なのです。

4.懲戒解雇・解雇

 Xの懲戒解雇・解雇の有効性について、Y15の事情を具体的に主張しました。X15の言動が、Yの円滑な業務を阻害した、と主張したのです。
 これに対し、裁判所は各言動を詳細に証拠に基づいて評価し、その多くが懲戒事由に該当せず、懲戒事由に該当するものについても、企業秩序の破壊の程度が小さく、Xに企業秩序を破壊する意図もなかった、と認定し、これを解雇権の濫用として無効としました。
 また、以上の事実認定を前提に、Xの保育士としての就業に適さないとまでは言えない、と認定し、これも解雇権の濫用として無効としました。
 懲戒解雇と解雇とで、適用すべきルールが違う(前者は、企業秩序の破壊が重大であること、後者は、勤務成績が不良で保育士としての就業に適さないこと)ものの、同じ認定事実に基づいて評価されていること、けれども、その事実認定は極めて詳細に行われていること、が注目されるポイントです。

5.実務上のポイント

 この事案は、保育園という小さく閉ざされた職場での派閥対立に端を発します。教育方針の違いが、その大きな原因のようですが、だからと言って簡単に職場から追い出せないことが、この裁判例から理解できます。Yは、経営主体が変わるときに、保育園の体制も一新しようとしたのですが、「合わない」≠「無能」です。
 したがって、Yとしては、手間がかかりますが、「合わない」なりにXらを管理し、適切に使いこなす努力をしつつ、Xらに対して、Yの方針に沿った業務遂行を求め、機会を与えなければなりません。一度採用した従業員を簡単に解雇することは、認められないのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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