判例

労働判例の読み方「残業代」【東京港運送事件】東京地裁平29.5.19判決(労判1184.37)

0.事案の概要

 この裁判例は、労働契約書も作成せず、当初の約束どおりの給料も支払わず、多い月の総労働時間が330時間を超え、過労による交通事故の責任を従業員の責任として逆に損害賠償責任を追及するなど、いわゆる「ブラック企業」の典型のような会社に対する、トラック配送担当者の未払賃金等の請求を認容し、さらに付加金の支払いも命じました。請求は認容されて当然なものばかりです。
 ここでは、技術的に興味深い問題を1点、検討します。

1.労働契約の内容

 裁判所は、一方で、労働契約書もなく、労働条件に関する明確な合意がないことを認定していますが、他方で、諸事情を考慮して、契約内容を確定しています。
 そこでは、①「求人広告その他の労働契約の成立に関して労働者と使用者との間で共通の認識の基礎となった書面の内容、労働者が採用される経緯、労働者と使用者との間の会話内容、予定されていた就労内容、職種、就労及び賃金支払の実績、労働者の属性、社会一般の健全な労使慣行等を考慮」するとしています。
 具体的には、募集の際に示された中で、労働時間6時間に対する日給7500円、月額28万円以上の賃金も十分可能、等の表現から、時給1250円の合意が成立していた(40時間程度残業すれば28万円に到達)、等と認定しています。
 他方、②会社は、「当初から求人広告の内容に反して、労働者に著しく不利な内容の賃金だけを支払おうとする意図を有していたと推認される」とも認定しています。
 つまり、①外形から導かれる「時給1250円」という意思と、②会社の本音、すなわち少額しか払わないという意思の、2つの意思が認定されているのです。
 ここで、契約法の本来の基本原則は、契約当事者の意思に基づいて権利義務が定まることですので、そうであれば、②本音の方で契約が成立する、と見ることもできそうです。
 けれども、裁判所は①「時給1250円」で契約が成立する、と認定しました。
 この構造的は、「心裡留保」(民法93条)に似ています。
 これは、2つのルールの組み合わせです。すなわち、原則ルールは、実際に表示された内容で契約が成立することです。例外ルールは、一方当事者の心の裡(うち)に隠された(留保された)真意がこれと異なる場合、相手がこれを知り得た時に限り、契約が無効になる、というものです。
 すなわち、①の「時給1250円」が、表示された意思に該当し、原則ルールに基づいて、この内容で契約が成立する、他方、②の本音は、心裡留保された真意であり、従業員は知り得なかったから、契約は無効にならない、という構造です。
 実際には、②の説明はもう少し込み入っています。②の本音は、信義誠実の原則に違反するもので、従業員に著しい不利益を与えるから、会社がこれを主張することができない、というロジックです。
 しかし、信義誠実の原則、というロジックではあるものの、②会社の本音よりも、①「時給1250円」という外形上の意思が優先されたことは、結果的に見れば、心裡留保と構造的に同じなのです。

2.実務上のポイント

 また、固定額の手当てを支払うことで残業代を支払わない、という会社側の主張について、固定額での残業代支払いのための条件(近時の裁判例の中からルールとして安定してきました)が満たされていない、と認定されています。
 以上に加えて、裁判所は「付加金」の支払いも命じています。
 これは、残業代を会社が違法に支払わない場合に、上乗せして支払うことが命じられるものです。なかなか簡単に付加金が命じられることはないのですが、ここでは、その上限いっぱい(未払残業代と同額)の支払いを命じています。
 さらに、より悪質な場合には、労働基準法違反の罪に問われ、刑事罰が科される可能性もあります。
 残業代の不払いは、契約上の債務不履行の問題でありながら、取引上の債務不履行以上に重大な問題に発展します。従業員の生活にも関わる深刻な問題ですので、会社は適法に対応しなければなりません。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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