判例

労働判例の読み方「残業代」【シンワ運輸東京(運行時間外手当・第1)事件】東京高裁平30.5.9判決(労判1191.52)

0.事案の概要

 この事案は、基本給のほかに、「運航時間外手当」(≒歩合給)が支給されるという給与体系であり、しかし当該手当(≒歩合給)から残業時間手当が控除されることから、法律上支払うべき残業代が支払われたことにならない、と従業員が主張し、残業代相当の金額の支払いなどを求めたものです。裁判所は、これに対し、残業代の支払いとして認められると判断し、従業員の請求を否定しました。

1.1審と2審の違い

 ここで特に注目したいのは、1審と2審の微妙な違いです。
 たしかに、結論は同じく、残業代相当額等の支払いの請求を否定し、その主な理由付けも、同様です。
 すなわち、①当該手当が残業代に足りない場合には差額が支払われていた、②組合と合意されたルールであって、永年異論なく運用されてきた、③給与明細などで割増部分と基準賃金部分が判別できる、等です。最近、多く争われている、いわゆる固定残業代制度に関し、これを有効とする様々な判例や裁判例の示した条件が満たされている、という趣旨の理由付けです。
 けれども、1審判決では、当該手当について、「労働時間との間に時間比例性がない」点に着目し、この点について、「同手当てが時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものでないことを疑わせる事情とはなるものである」と、評価しています。結局は、上記①~③に加え、会社側が意図的に当該手当の金額を低く抑えたりしていない点も指摘し、当該手当が「割増賃金…の趣旨で支払われたものであると認めるのが相当である」と結論付けています。
 つまり、1審判決では、会社が固定残業代であると主張する手当てが、割増賃金の趣旨かどうか、を問題にしているのです。
 これに対し、2審判決では、従業員の主張について、「(当該手当は)実質的な歩合給であると主張する」「(固定残業代と認定するためには)比例性を重視すべきであると主張する」と整理したうえで、これらは、労基法の割増賃金のルールを正しく解釈していない、として否定しています。労基法の割増賃金のルールは、所定の金額を上回る金額が支払われることを要求するにすぎない、と評価しているように読めるのです。

2.実務上のポイント

この点は、労判の解説(56頁)で指摘しているとおり、例えば「DIPS(旧アクティリンク)事件」(東京地判平26.4.4労判1094.5)は、営業成績によって減給されるルールとなっている点を指摘したうえで、「このような減給があり得るという性質は,固定残業代とはおよそ相容れないものというほかない」と評価し、固定残業代であるとする会社側の主張を否定しました。
 つまり、従前の裁判例の中には、ここでの1審判決と似た構造を採用しているものが見受けられるのです。
 けれども、このDIPS事件判決は、「固定残業代」かどうか、を議論しています。国際自動車はじめ、金額が固定していない手当てについて、これを残業代と位置付けることの可否については、別の問題があるのかもしれません。
 いずれにしろ、固定残業代と認定されるための条件については、大まかな方向性が見えてきたものの、未だ細部は固まっていない状況にあります。制度設計の際、注意が必要なポイントです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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