判例

労働判例の読み方「研修・労災」【サニックス事件】広島地裁福山支部平30.2.22判決(労判1183.29)

0.事案の概要

 この事件は、48歳で就職した従業員(171㎝、101.3㎏)が、新人研修プログラム(28名、平均年齢約45歳)での24㎞の歩行訓練等(計4回)により右足関節離断性骨軟骨炎等になったとして、損害賠償を求めた事案で、裁判所は、①不法行為責任を否定した一方で、②債務不履行責任を肯定しました。

1.①②の構造

 ①不法行為責任も、②債務不履行責任も、同様の判断構造をしています。
 すなわち、何らかの義務(例えば、期日までに仕上げる義務、一定の品質の商品を納める義務、など)が認定され、次に、その義務違反、損害と因果関係、故意過失、が認定されます。これらの要素を「要件」と言いますが、①②いずれも、同様の要件が証明されなければ、損害賠償請求が認められないのです。
 しかも、職場での怪我や病気などについては、従業員の健康や安全に配慮する、という義務が設定されます。この義務は、会社や従業員、事故時の状況などを総合的に判断し、個別事案ごとにオーダーメイドで設定されます。①不法行為責任は合意がないが、②債務不履行責任は合意がある、というような典型的な債務(モノを仕上げたり、商品を納めたりする債務)と異なり、①②いずれもない状況で、両者の義務も、結局同じ、という認識を持っている実務家が多いように思われます。
 このことは、「過失」の判断も同様です。
 過失の有無は、予見義務・回避義務が設定され、予見義務違反・回避義務違反の有無で判断されるからです。そして、個別事案ごとにオーダーメイドで義務が設定されるタイプの事案では、両者は結局同じと感じる実務家が多いように思われます。
 なお、厳密に考えると、過失(予見義務・回避義務)と上記義務が、同じものか違うものか、訳が分からなくなりますが、これらの概念は所詮、権利義務を設定するためのツールにすぎず、哲学的な意味があるわけではありませんから、法律を設計するときに同じような要件がダブってしまった、という程度の理解で、話を先に進めましょう。

2.①②の違い

 ところが、この裁判例は、①不法行為責任について、過失を否定し、②債務不履行責任について、過失を肯定しました。
 しかも、その違いを明確に述べていません。
 ヒントは、①を否定する部分の「上記のとおり被告が参加者の安全について一定の配慮をしていることに照らすと、不法行為の原因となる過失があったということはできない。」という記述と、②を肯定する理由です。
 ②を肯定する理由は、会社がプログラム参加者の健康管理に不熱心だったこと、個人差も考慮しない無理なプログラムだったこと、実際、この従業員は訓練中に怪我し、病院受診を希望したのに、これを拒絶して訓練を継続したこと、の3点です。
 ここから、①の否定理由と、②の肯定理由の違いを考えましょう。
 結論的には、レベルの違い、と評価できそうです。
 つまり、①の否定理由は、「一定の配慮」で十分だが、②の肯定理由は、当該プログラムの内容・運用や当該従業員の個別対応について、不十分、というものです。言わば、①不法行為は、他人同士のレベル、②債務不履行は、親密な者同士のレベル、したがって後者の方が厳しい、ということでしょうか。

3.実務上のポイント

 一応の結論が見えて、なるほど、このような見方もあるのか、と感心しました。
 けれど、実務上はあまり意味がないように思えます。
 というのも、最近は①②両方で訴訟が提起されるのが普通だからです。その中で、(元)従業員から、不法行為だけで訴えてくれ、と祈っていても意味がないからです。
 ①不法行為責任と②債務不履行責任の違いを、今一度、基本から確認できたのが良かった、ということなのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、特に気になる判例について、コメントします。

この記事の執筆・監修専門家
芦原 一郎
芦原 一郎
Seven Rich法律事務所 ジェネラルカウンセル/弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰 お問い合わせは、ashihara@sr-l.comまで。
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