判例

労働判例の読み方「パワハラ」【コンチネンタル・オートモーティブ事件】東京高裁平29.11.15判決(労判1196.63)

0.事案の概要

 この裁判例は、休職期間満了により退職となった従業員Xが、上司によるパワハラなどによって精神障害を発症した、復職が可能だった、などと主張した事案で、裁判所は、一部の残業代の支払いを命じた点以外は、Yの責任を否定しました。

1.パワハラなど

 Xは、20以上のエピソードが、ハラスメントや名誉棄損などであり、不法行為に該当すると主張しました。しかし、その全てが不法行為に該当しないと判断されています。
 その理由には、様々なものがありますが、大別すると、①そもそも、主張するエピソードの存在自体が認められない、とするもの、②エピソードが存在しても(あるいは、仮に存在するとしても)、上司としての指導教育や、訴訟における主張として、合理的な言動である、とするもの、に加え、③先に提起した、ハラスメントによる損害の賠償を求めた訴訟(X敗訴)との関係で、議論の蒸し返しに該当し、したがって認められない、とするものがあります。
 このうち、①については、Xの主張が不合理に変遷したり、矛盾したりしている点を指摘されたうえで、エピソードの存在自体が否定されているものもありますが、加害者とされる上司の証言と食い違う、というだけの理由で否定されているものもあります。立証責任が従業員側にある、とは言え、証言が食い違うだけで簡単に従業員側の主張が否定されることが無くなってきている状況で、この点だけ見れば、Xにとって厳しい評価をしているようにも見えます。
 けれども、証言の変遷や矛盾、さらに、②で見るように、常識的に見て合理的な言動を過剰に非難したり、③で見るように、同様の苦情を繰り返したりする点も含めて、Xの証言や主張自体の信頼性が大きく損なわれている状況下での評価です。多くの事案で、証言が食い違う場合に、従業員側の証言の合理性が認められることがありますが、そこでは、会社側の証言の矛盾や変遷がある場合など、会社側の証言の信頼性が大きく損なわれていることが多いように思われます。すなわち、単に証言が食い違い、Xの証言を裏付ける証拠が存在しない、という理由だけで立証できない=立証責任の問題、と見るのではなく、Xのストーリーの合理性が足りなかった、と見るべきでしょう。
 したがって、証言の食い違いだけを理由にXの主張が否定されている部分をとらえて、立証責任のルール(従業員側が会社側の加害行為を証明しなければならないというルール)が厳格に適用された、と評価するのは難しいと思われます。
 次に、②については、例えば、Xの業務遂行上の問題点を指摘して改善を求める発言や、訴訟中、Xの側にも問題があった点を指摘する主張について、違法性が無いと評価されています。特に判断に迷うような微妙な言動ではなく、常識的に見て、これが違法とされれば、指導教育や訴訟活動ができなくなってしまうレベルのもので、裁判所の結論に特に問題は見当たりません。
 次に、③は、既にXの請求を否定する訴訟で争われ、Xの主張に理由がないと否定された事実そのもの(ハラスメントにより障害を被った)、またはそれを前提とするもの(ハラスメントへの対策を講じなければならない)です。
 これは、厳密には、確定判決の効力ではなく、法律上当然に主張が制限されるのではありませんが、裁判所は、蒸し返しを禁じています。いわゆる「争点効」と評されるもので、ここでは信義則を根拠にXの主張が封じられています。さらに注目されるのは、「ハラスメントへの対策を講じなければならない」と主張する点です。これは、厳密に言えばハラスメントの有無そのものではなく、別の論点ですが、「実質的に重複する」、ということでこの主張も否定されています。

2.復職

 休職期間満了による退職では、復職が可能だったかどうかが問題になります。
 近時、復職の可否を見極めると同時に、従業員の復職をサポートするために、復職支援プログラムを導入し、実施する場合が増えています。そこでは、従業員に復職の機会を与える、という意味があり、その機会が不十分であったことが理由で、退職を無効とする事例も見受けられます。
 けれども、この事案では、Xにそのような機会が与えられていません。近時の傾向から見ると、復職支援プログラムのような機会すら与えていないことから、退職が無効とされる可能性もあったと思われますが、この裁判例では、この点を問題にすることなく、退職を有効と判断しています。
 その理由は、休職満了日を超えて自宅療養を必要とする主治医の診断書が出た僅か18日後に、復職可能とする主治医の診断書が出されたこと、その経緯を主治医に確認したところ、Xの希望により2通目の診断書を作成したが、従前どおり治療中である旨確認されたこと、等がポイントでしょう。見極めが難しい場合には、このようなプログラムも必要だが、明らかに復職できない場合には、このようなプログラムがなくても仕方がない、ということのように思われます。

3.実務上のポイント

 このようなトラブルを未然に防ぐことはできたのでしょうか。
 Xが入社したのが、平成242月であり、6月には勤務態度について上司から叱責され、9月と11月にはハラスメントであるとXが苦情を申し立てている状況から、(この前の訴訟の判決を見るとより詳しく確認できるかもしれませんが)かなり早い段階から、会社にうまく溶け込めなかった様子がうかがわれます。
 長く、仲良くやれていた従業員が、ボタンの掛け違いから会社と合わなくなっていく事案ではなく、最初からYに合わなかった可能性も高そうで、そうであれば、会社で期待どおりの実力を発揮できるかどうかを試す「試用期間」を設定しておけば、(それでも簡単に解雇することはできませんが)より早期に、つまりトラブルがより深刻になるまえに分かれることができたかもしれません。Yの管理の負担の問題だけでなく、Xのメンタルの問題も回避できたかもしれないのです。
 試用期間が適用されていれば、展開が異なったかもしれない、と思われるのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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