判例

労働判例の読み方「障害者・パワハラ」【いなげやほか事件】東京地裁平29.11.30判決(労判1192.67)

0.事案の概要

 この事案は、障害者である従業員Xが、会社Y1で、職場の実質的なリーダーであるY2からハラスメントを受けたとして、Y1Y2に対し、損害賠償を求めたものです。
 裁判所は、Xが主張するY2の不適切な言動の存在につき、大部分について否定しましたが、「複数回にわたって仕事ぶりが幼稚園児以下であるとの発言や、『馬鹿でもできるでしょ。』と発言をしたことが認められる。」として、Y1Y2に対し、22万円の支払いを命じました。

1.Y2の責任

 Xが不適切であったと主張するY2の数多くの言動について、その大部分が否定された理由は何でしょうか。
 それは、Xの証言以外の証拠の多くがXから話を聞いた母親の証言だけしかなく、X自身がY2の言動に過剰に反応する傾向があった点です。すなわち、証拠の問題として処理されたのです。

2.ハラスメントの違法性

 では、もしY2の言動の多くが実際に存在した、と証明された場合は、どうなったでしょうか。
 この事案では問題にされませんでしたが、この機会に問題を整理しておきましょう。
 仮にY2の言動の多くが実際に存在した、と証明された場合でも、直ちにハラスメントとして違法とされるのではありません。違法性の程度が問題とされます。
 特に問題となるのが、Xが障害者である点です。すなわち、健常者の場合に比較すれば、周囲の配慮の必要性も高くなりますから、それだけ違法性が認定される可能性が高くなるからです。
 もっとも、この点は2つのポイントで考えられます。
 すなわち、1つ目は、障害者に対する行為としての違法性か、そうではなく一般的な健常者に対する行為としての違法性か、という問題です。この点、障害者であることを前提に雇われている場合には、前者が適切でしょう。
 次に、2つ目の問題として、被害者が違法と感じるレベル(主観説)か、そうではなく(同じような状況にある障害者として)一般的な人から見て違法と評価されるレベル(客観説)か、という問題があります。
 両者を混同したままで議論すると、議論がかみ合いません。
 また、2つ目の問題について、あくまで本人の個性を重視する、として主観説を支持する見解がありますが、後者の考え方を徹底してしまうと、極端な場合、「私が辛いと感じたからそれでハラスメントなのだ」という結論になってしまいます。たしかに、被害者が被害を感じなければ、責任追及自体が始まりませんが、「過敏な被害者」による「言った者勝ち」の状況は、決して公正な状況とは思えません。1つ目の問題は、障害者であることが前提なのであれば、障害者のレベルで評価し、2つ目の問題は、客観説で評価するのが適切でしょう。実際、多くの裁判例で、特に2つ目の問題について客観説と同様の基準が採用されているのです。
 けれども、これはあくまでも仮定の場合の論点です。
 この裁判例は、違法性以前の問題として処理しているのです。

3.Y1の責任

 Y1の責任に関し、4つの法律構成が議論されました。
 1つ目は、使用者責任(民法715条)です。
 この点、裁判所は、①Y2Y1の従業員であり、②上記1のY2による不法行為が、Y1の「業務の執行につき」行われたことを端的に指摘するだけで、Y1と同じ責任を認定しています。
 この法律構成については、他に、Y1がその責任を免れたり減らされたりするのはどのような場合か、が問題になり得ますが、ここでは特に議論されていませんので、検討を省略します。

4.虐待防止義務

 2つ目は、虐待防止義務違反です。
 ここで、Xは虐待防止義務違反の法律構成について、①Y2の責任を前提とし、②Y1の慰謝料を増額させる事由である、と主張します。
 これに対し、裁判所は、①Y2の責任を前提とする責任は、上記1の使用者責任でY1は全て負担していること、②それを超える責任は、Y2に責任はないがY1の行為としては違法な場合などに限られてしまうが、そのような場合ではないこと、という判断を示し、虐待防止義務違反によるY1の責任を否定しました。
 ところで、この法律構成は、①Y2の責任を前提にする点で、使用者責任と同様の構造になりますが、同じ「虐待防止義務」でも、Y1が直接Xに対して負担する義務、と構成することは十分可能です。
 すなわち、Y1Xの間の労働契約に基づく安全配慮義務として位置付ければ、Y1が直接負う義務となります。そのうえで、障害者であるXに対するハラスメントや虐待、いじめを防ぎ、Xが安心して働くべき環境を作る義務があった、具体的には、Y2らを含む従業員に対し、虐待させないような教育、人事評価、ホットラインの設置、こまめなケア、などの対策を講じる義務、と位置付けられるのです。
 この法律構成であれば、①②のように、最初からY1の責任を限定されることなく、Y2の責任を独自に検討することができたように思われるのです。
 問題は、このような法律構成をXが主張しなかった事情です。
 訴訟の経過にも関わってくることなので、部外者にははっきりと分からないことですが、3つ目と4つ目の議論の中で、Y1Xの受け入れに当たって十分配慮している、という裁判所の認定もあることから、Y1Xに対する直接の義務違反という法律構成が現実的でない、と判断したのかもしれません。特に、4つ目の「就労環境整備義務」との違いが相対的になってしまうため、それとの違いや独自性を示す必要があったのかもしれないのです。

5.事後対応義務

 3つ目は、事後対応義務違反です。
 ここで、裁判所は、Y1Xの暴行被害の事実を認識していた、という認定を前提に、①Y1Xに対する直接の義務を認めていますが、②その内容として、会社の有する「人的、物的設備の現状等を踏まえた」対策を、「合理的範囲で行う安全配慮義務を負う」義務である、と具体化します。③そのうえで、たしかに人材開発部などに報告していないものの、店長は、自ら実態を調査し、Y2に対して注意しており、④実際に、Y2から特に何もされなくなったこと、を根拠に、Y1の責任を否定しています。
 裁判所のこの判断について、一方で、会社に甘すぎる、という評価もあるでしょう。
 他方で、それでもこの判断の合理性を考えるとすれば、会社の対応義務は、従業員が実際に受けていた不利益の程度に応じて定まる、という判断枠組みと、これを前提にした場合、この事案ではXの側にも、数年経っても簡単な業務をなかなか覚えられず、周囲も数年これを我慢していた状況下でのY2の言動であること、Y2の言動も、上記1で認定された限りであれば、悪質性の程度が低いこと、等から、会社ぐるみの対応でなく、現場支店長での対応で十分、と評価された、と説明されるでしょう。

6.就労環境整備義務

 4つ目は、就労環境整備義務違反です。
 ここで、裁判所は、Xが特に指摘する4点の配慮不足について検証し、さらにそれ以外にY1が行っていた対策を指摘したうえで、Y1の責任を否定しました。
 このうち前者は、例えば、パンを陳列する見本や、仕事の進捗を管理するタイマーなどを準備しなかった点について、見本が無くても仕事ができたし、タイマー導入は検討したものの、Xを焦らせてかえって危険だから導入を見送った点を指摘し、配慮不足がないと結論付けています。
 次に後者は、全ての店長がサービス介助師の資格を取ることにし、Xの母親と連絡ノートを通して情報交換していたこと、などを認定し、十分な配慮をしていた、と結論付けています。
 個別事案への対応だけでなく、会社の組織的な対応も評価されたのです。

7.実務上のポイント

 会社を上げて障害者雇用に取り組んでいたY1にとっても、そこに入社したXとそれを支える家族にとっても、法廷で責任をお互いにあげつらう状況を、最初から期待していたはずがありません。
 そこで参考になるのが、労働判例誌に収録されている、高裁での和解文です。
 そこでは、両者間のコミュニケーション不足が問題であり、それを周囲も気づくべきだった点を中心に、Y1の問題点が指摘されています。高裁での和解が示すポイントは、とても重要な示唆を含むのです。
 しかし、これ以外にも重要な問題があります。
 たしかに訴訟を通して互いに責任をあげつらってきた段階を経れば、このようなXY1の問題が強調されるでしょう。
 けれども、Y1の、X以外の従業員に対する配慮も重要なはずです。
 会社として見れば、特に顕著に苛立っていたY2への対応だけでなく、それはむしろ単なる事象の1つにすぎず、より根本的に、現場にY2のような苛立ちを生じさせない方法を考えるべきでした。Xだけでなく、Y2も従業員です。従業員として、Y2を初めとする周囲の従業員がストレスを感じない環境、という問題意識が、障害者を受け入れるうえで重要なポイントになるはずなのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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