判例

労働判例の読み方「残業代」【グレースウィット事件】東京地裁H29.8.25判決(労判1210.77)

0.事案の概要

 この事案は、4人の中国人元従業員X1~X4が、会社Yに対し、在籍中の未払賃金などの支払いを請求した事案です。厳密には2つの会社がそれぞれ2人ずつ雇用していたことになっていますが、裁判所は両者を一体と評価しています(法人格否認の法理)ので、ここではYとして取扱います。
 非常にたくさんの論点がある事件ですが、裁判所はその多くについてXらの主張を認め、Yに未払賃金等の支払いを命じました。

1.X1

 Yは、入国費用などと相殺したとして、基本給を減額していたのですが、裁判所は、①Yは別件訴訟で入国費用などをX1に請求しているので、この事案で合わせて請求することはできない、②実際、入国費用をYが負担していたことの証明がない、として、相殺を否定しました。
 特に注目されるのは、賃確法です。
 裁判所は、合理的な理由なく減らされた給与の支払いについて、賃確法6条を適用し、年5%ではなく、14.6%の遅延利息の支払いを命じました。
 これは、退職者の賃金が支払われることを確保するのが目的で、この高い利率を免れるのは、6条2項(「前項の規定は、賃金の支払の遅滞が天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合には、その事由の存する期間について適用しない。」)が適用される場合です。
 この事案では、Yによる一部不払いの合理性がありませんので、6条2項の適用のないことに問題はありません。この適用が問題にされた事案自体が少ないのですが、最近の事案では、「ミヤイチ本舗事件」(東京高裁平30.10.17判決、労判1202.121)が、同様の結論を示しています。
 会社の実務上、退職時に未払の給与等があれば、非常に高利の遅延損害金が発生する、ということを知っておくべきでしょう。

2.X2

 ここでは、残業代の未払も争われ、Yは、固定残業代の合意があったとしましたが、裁判所は、契約書の文言はそのように読めず、就業規則の規定もそのように読めず、これを無理して固定残業代が支払われているという解釈をするのであれば、その旨の周知(就業規則)と、個別の丁寧な説明が必要だが、それがない、としてYの主張を否定しました。
 さらに、入社時に固定残業代に合意したサインがある、という主張については、そのサインは入社後のものであると詳細に認定した上で、雇用条件を不利益に変更する場合だから、「自由な意思」であることの「合理性」が「客観的」に存在することが必要という「山梨県民信用組合事件」(最高裁H28.2.19労判1136.6)の示したルールを示し、X2のサインはこれらを満たさないとして、Yの主張を否定しました。
 さらに、残業代や未払交通費清算金に関するX2の請求も認めました。
 そのうえで、X1と同様、相殺できないこと、賃確法の適用があること、が示されました。

3.X3

 ここでは、2つの被告会社が一体であることを詳細に検討しています。
 そのうえで、両者が一体であるとして、X3の請求を全て認めました。

4.X4

 ここでも、X3と同じく2つの被告会社が一体であることを認めています。
 そのうえで、ここでも、固定残業代の合意の有無などが議論されました。
 ここで、固定残業代と認定されるための判断枠組み(ルール)として、裁判所が以下のように設定している点が注目されます。
 すなわち、いくつかの下級審裁判例が示したルール、すなわち、固定残業代でカバーされるべき残業時間数や、実際の残業時間がこれを超えた場合に差額を支給する旨が、明示されていなければならない、とするルールについて、この裁判所は明確に否定しています。
 この点は、固定残業代のルールで、未だ議論されているポイントですので、今後の動向が注目されるところです。
 そのうえで、固定残業代の部分をさらに大きくするような変更については、上記X2と同じ理由で否定しましたが、固定残業代として当初約束した2万円について、その契約期間中の給与計算の際に控除しています。

5.実務上のポイント

 Yが、非常の管理の雑な会社であることが、明らかとなりました。しかも、何かと理由を付けて、中国人従業員の給与をケチっています。また、2つある法人のうちの1つは
 このようなこともあってか、Xらはいずれも会社に長く在籍せず、長くても9カ月です。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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