判例

労働判例の読み方「パワハラ」【松原興産事件】 大阪高裁H31.1.31判決(労判1210.32)

0.事案の概要

 この事案は、パチンコ店の店員Xが、上司のパワハラによってうつ病になったとして、会社Yに対して損害賠償を求めた事案です。かなりひどい態様であり、パワハラの成立については1審と2審で判断に差がありません。けれども、Xの側の事情について、1審はXの性格などがうつ病の長期化につながっているとして、損害賠償金額を減額したのに対し、2審は減額を否定しました。

1.判断枠組み(ルール)

 裁判所は、損害賠償金額の減額について、従業員側の事情を全て考慮するのではなく、これを制限するルールを採用しました。
 すなわち、有名な「電通事件」の最高裁判例(H12.3.24労判779.13)を引用し、従業員の性格が、「同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる」場合しか、減額要素として考慮することができない、というルールを示しました。
 この根拠は、①従業員には個性のあることが当然であり、想定される範囲内の個性であれば、使用者もそのことによる損害発生・拡大は予想すべきであること、②使用者や上司は、配属や業務の配点に際し、従業員の性格を考慮できたこと、です。

2.あてはめ(事実)

 裁判所は、Xの性格等がうつ病の発症・長期化の素因の一部であることは認めています。
 すなわち、①Xと上司が一緒に勤務していたのは週3日程度にすぎない、②心理的負荷は極めて強度、というほどではない、③うつ病は5年半以上経っても改善の目途が立っていない、点から、Xの性格等が素因の一部になっている、と評価しています。
 けれども、裁判所は、専門医等により、Xは「温厚」「落ち着いている」「きちんと常識を持った普通の方」と評価されていることから、「同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる」ものではない、と結論付けています。
 たしかに、Xを晒し者にしたり、他の従業員に聞こえるように罵ったりした上司の言動を見れば、それを許していたYが、Xの側の事情を主張して損害賠償金額の減額を求めることに、違和感を感じる方も多いでしょう。
 その意味で、電通事件の示した判断枠組み(ルール)には、相当の合理性が認められます。
 けれども、損害発生・拡大に寄与すべき多様性は、性格といっても、人格の全てではないはずです。ストレスの影響が問題になっているのですから、ストレスの耐性に関する多様性だけが問題になるはずです。そうでなければ、極端に言うと、「良い人」=多様性の範囲内=全額(減額しない)、「悪い人」=多様性の範囲外=一部(減額する)ということにもなりかねません。実際には、「良い人」の中にも、ストレス耐性の高い人と低い人がいて、「悪い人」の中にも、高い人と低い人がいます。
 そもそも、ここでの問題は、会社が従業員にストレスを与えたことによって生じた損失を、社会的な観点からどのように配分するのか、という問題です。
 そうすると、ストレス耐性に大小のあることを、会社はある程度予測し、受け入れているはずだから、想定の範囲内であればストレス耐性が小さいことを理由に損失を従業員に負担させられない、という理屈のはずです。
 ところが、ここで裁判所が問題にしたXの「性格」は、「温厚」「落ち着いている」「きちんと常識を持った普通の方」という、人格そのものでしかなく、これらのことからストレス耐性は全く分かりません。良い人と悪い人、という整理は、ストレス耐性の大小と関係ないからです。
 もし、裁判所がXのストレス耐性を問題にし、Xのストレス耐性は小さいが、この程度であれば想定の範囲内、という評価をしていれば、納得できるところですが、ストレス耐性に関して何も判断しないまま、抽象的に漠然と性格の多様性を根拠にしても、その評価に合理性が認められない、と考えます。

3.実務上のポイント

 ストレス耐性は、なかなか分かるものではありませんから、個人差を会社も受け入れなければならない、という最高裁の示した判断枠組み(ルール)も、そのようなものかな、と受け入れられるのですが、例えばいろいろな仕事を実際に経験させ、専門家のテストも受けさせ、従業員のストレスを十分見極めてから、ストレスの高い仕事に配置した場合にはどうなるでしょうか。
 例えば、最近は顧客からの苦情が厳しくなり、SNS等を通して社会的な非難にもつながりかねない状況ですから、顧客からの苦情対応を担当することは、相当なストレスです。ここに、ストレス耐性の小さい従業員を充てるわけにはいきませんから、会社は、タフな仕事に耐えてきた、タフな従業員を選りすぐって、この業務に充てることになるでしょう。慎重を期して、予め精神科医などの専門家に診てもらい、ストレス耐性が十分であり、気力も充実していることを確認するかもしれません。あるいは、一定の期間試験的に仕事をさせてみて、本人の意向や仕事の様子を見ながら、正式に担当させるかどうかを判断するかもしれません。
 そのような場合であっても、上司からの指導が厳しければ、本人側の事情を考慮してはいけないのでしょうか。
 ところで、上記のような「電通事件」の判断枠組み(ルール)は、従業員のストレス耐性を会社や上司が知らないことが前提になっています。言わば、「予見可能性」の問題と重なる問題です。
 そうであれば、会社もできるだけのことをやって、ストレス耐性の大きそうな従業員を選んでいるのですから、会社側の予見義務違反はなくなります。したがって、従業員のストレス耐性が思いがけず小さかった場合には、その事情を損害賠償金額の減額のために考慮できそうです。
 例えば、顧客からの厳しい苦情に耐えられるように、会社として常に神経を張り詰め、スキのない高品質な対応をしなければならず、そのために管理者の管理や指導も厳しくなっている職場があります。そこでの管理や指導が、平和で穏やかな職場と比較すれば厳しいことは明らかですから、パワハラが認定されてしまうかもしれません。しかし、タフな従業員を慎重に選んで配置していますので、そもそもパワハラに該当しないか、該当したとしても、従業員側の心の傷も小さくて済み、損害賠償金額も高額にならないはずです。ところが、タフなはずの従業員が何らかの事情で元気がなく、落ち込んでいて、ストレス耐性を落としていた時に、厳しい指導が重なった場合、裁判所は従業員側の事情も加味して、損害賠償金額の減額をすべきである、という結論になるべきではないでしょうか。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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