判例

労働判例の読み方「異動・濫用」【KSAインターナショナル事件】京都地裁平30.2.28判決(労判1177.19)

0.事案の概要

 この裁判例は、定年後再雇用した従業員に対する配置転換が違法であるとして、不法行為に基づく損害賠償を命じた事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は2点あります。

1.配置転換権の濫用

 この裁判例では、原告従業員による経営陣への問題提起や批判は、中国の関連会社からの役員賞与送金の問題点の指摘以来、すなわち、原告従業員の定年再雇用の以前から続いており、さらに、定年再雇用後も経営批判が続いていました。
 ところが裁判所は、会社が原告従業員を、定年後であるのにわざわざ監査室長にするなどの措置を講じていて、これはすなわち原告従業員を会社も評価していることの表れだ、と評価しています。原告従業員に監査室長としての適格性がない、と評価されるべき事情は、原告従業員を監査室長とした後の事情に限定されているのです。
 そのうえで、監査室長になった後の問題行動は、経営に批判的なメールの送信に限られるが、それも、限られた人たちに対するメールであって、原告従業員の適格性を疑わせるものでない、と評価しています。
 このように、適格性を評価すべき時期的な対象を狭く限定することも原因の一つとなって、原告従業員の配置転換は濫用であると評価されました。

2.同意に基づく配置転換

 瑕疵のある人事異動であっても、従業員が納得していれば適法となります。
 その際の「従業員の納得」に関し、裁判所は、配転命令の「瑕疵を拭い去るほどの自由意思に基づく同意」が必要というルールを設定しました。
 そのうえで、原告従業員にはそのような「自由意思」が認められないとして、同意を否定しました。
 この「瑕疵を拭い去るほどの自由意思に基づく同意」は、近時労働判例の分野で多くの裁判所が明言している「真に自由な意思に基づく同意」「合理的で客観的な場合」などと同様、通常の「同意」よりも高いレベルの同意を意味するようです。
 労働法の分野、特に従業員にとって不利な条件について従業員の「同意」を問題にする場合には、民法など他の方分野における「同意」よりも、より高いレベルで、従業員の納得が求められています。

3.実務上のポイント

 1つ目の実務上のポイントは、配置転換権の濫用に関する会社の主張です。
 会社の言い分として考えられるストーリーは、うるさくて協調性がなく、経営にとって迷惑な存在だった原告従業員について、一面で「コンプライアンスの専門家」として持ち上げつつ、他面で会社秩序の破壊者として厳しく処遇する、という硬軟両面の対応をしてきた、というものが考えられます。原告従業員は、何かというと「コンプライアンス」を引き合いに正論を振りかざし、経営から反論できないことばかり指摘することから、なかなか面と向かって原告従業員の非協調性を非難できないのです。そうであれば、会社としては、そのうちの後者の対応ばかり強調されるのは、不公平である、と考えるかもしれません。
 そこで、会社の本当の不満が上記の仮説のとおりであるとした場合、会社としてどのように対応すべきだったのでしょうか。
 一つは、硬軟両面の対応が否定されたので、たとえ原告従業員と議論することになって、しんどい思いをすることになったとしても、原告従業員の主張内容の見かけ上の正しさではなく、その言動の非協調性や秩序破壊の問題を議論し続ける対応です。すなわち、「軟」な対応はせず、「硬」な対応しかしないのです。経営は、原告従業員の非協調性や秩序破壊をその都度指摘し、改善を要求し、その機会を与える、というプロセスを積み重ねることが必要になるでしょう。多少原告従業員に気を使ってみても、そのことによる原告従業員の経営攻撃の緩和は一時的なものであり、その妥協が、かえって裁判所の厳しい判断の根拠となったのです。情けは人の為ならず(本来の意味とは違いますが)、という対応です。
 もう一つは、逆に硬軟両面の対応を行う対策です。これは、「軟」が原告従業員に対し、協調性を取り戻す機会を与えるうえで好ましい方法である、と自信をもって主張できる場合です。この場合、原告従業員に対して、非協調的な問題点を指摘しつつ、協調性を回復してもらうために、原告従業員の利点を生かせる業務を試しに与えるので、その機会を活かすように、と明確に通告しながら、硬軟両面の対応を行うのです。
 経営が一度及び腰になってしまうと、この2つの対策のようになかなか面と向かって厳しいことが言えなくなります。しかし、いずれの対策にしろ、問題のある従業員に対して、問題点を明確に指摘し、その改善を要求し、その機会を与え、改善されない場合の不利益も告知する、というプロセスを積み重ねなければ、問題は解決しないことが、この裁判例から学ぶことができるのです。
 2つ目の実務上のポイントは、「自由意思に基づく同意」です。本当に納得していたのか、が判断基準となる裁判例がここまで多く積み重なると、労働問題に関し、従業員にとって不利益となる事柄の「同意」を得る場合には、従業員が不利益を受け入れる相当な理由と、実際の従業員の言動などを明確に記録にし、「自由意思に基づく同意」であったことを証明できるように記録しなければなりません。書面にハンコを突かせれば、それだけで同意したことが証明される、という古い考え方は通用しない、と考えましょう。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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