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【連載企画 全5回】スタートアップと労働法 ④リスクコントロール(予防編)

スタートアップが陥りがちな労働関係のトラブルとそのリスクの大きさ、それからリスクへの対処法を具体的な事例をもとに全5回の連載企画として掲載します。

監修は、法務の技法など著書を多数出版している芦原一郎弁護士です。

前回はリスクコントロールのうち、訴訟になった場合にどうなるか、訴訟になっても勝てる様にするためには何をしておくべきか、を検討しました。今回は第4回としてリスクコントロールのうち、いかにしてこのようなトラブルを未然に防ぐのかについて整理していきます。

まずは事例のおさらいです。

<事例>

A君は、スタートアップ企業を始めた時からの仲間でした。総務、人事、財務などを一手に引き受け、周囲に気を配る役回りでした。会社設立時も、裏方に徹する、と言って役員になることを辞退しました。

ところが、中途採用した総務経験者のBさんの方が、経験豊富で、仕事も早く、正確です。A君は、自分は会社のことを最初から知っているから、と安心しきっていますが、Bさんの方が明るくて面倒見もよく、最近では、社員は皆、何かあるとBさんに相談に行くような状況です。

そこで、総務の担当役員をBさんにし、A君にはその下で働いてもらいたいと思い、さりげなく打診したところ、A君は、相当プライドが傷つけられた様子でした。その後、思い詰めた表情になり、Bさんに対する当たりが厳しくなりました。

リスクのコントロールで紛争を予防する

<質問>

会社が少し大きくなって、優秀な人たちを採用できるようになってきたところで冷静に見てみると、A君の他にも、創業時や比較的早い段階のメンバーで、将来会社に合わなくなる可能性のある従業員が、何人か思い浮かんできました。

A君のようなトラブルは二度とごめんです。

そのようなトラブルを避け、成長のスピードについていけない従業員たちに、早目に会社を離れてもらえるようにする方法を教えてください。

<回答>多角的に制度設計する

残念ながら、リスク無しに、簡単に、一方的に解雇できる方法はありません。

人を雇う以上は、人の人生を預かりますので、従業員が会社に合わないことを真剣に見極めなければダメです。

けれども、リスクを減らす方法はあります。そのうちのいくつかを検討しましょう。

1.人事考課

 最大の方法は、人事考課制度を作り、適切に運用し、記録を残すことです。

 以前、「II. リスクコントロール②(訴訟)」で検討したとおり、適切な人事考課が残されていれば、それが会社のリスクを減らすからです。

 しかもこれは、会社が大きくなってから慌てて作ろうとしてもうまくいきません。会社全体の目標を定め、各部門の目標に落とし、個人の目標に落とし、本人に納得させ、1年後には構成にその結果を評価し、フィードバックする、ということは、非常に面倒で、余計な時間を取られる、という反感を抱かせます。しかも、実際に評価が記録に残るとなると、多くの従業員が、自分の評価が不当に下げられた、と受け止めます。文字にされていなければ、自分にとって都合の良いことだけを受け止めておけばいいのですが、文字にされるとそうはいかないからです。さらに、改まって目標設定と人事考課、フィードバック、というプロセスを踏むと、このような不満も一因となって、建設的な意見が交わされる場ではなく、不信感から相手を非難する場になる危険すらあります。

 また、大きな会社でも、人事考課の運用ができていないところは沢山あります。例えば、自部門の問題社員に対して、管理職がすべきことは適切に低い評価を付けることなのですが、そのことによる問題社員の反応やその後の対応を面倒くさく感じ、他部門に押しつけてしまえ、という理由で、問題社員に不当に高い評価を与えてしまう事例が、時々見かけられます。これは、問題社員に関する訴訟となった場合、証拠上は優秀な社員、という評価になってしまうため、会社のリスクを非常に高めてしまいます。

 このように、管理職者が適切に人事考課を行うように指導し、訓練することが必要ですので、どうせ導入するのであれば、早い段階から人事考課制度を導入すべきです。

2.年俸契約

 毎年更新される年俸契約の場合は、契約を更新しない(更新拒絶、雇止め)ことによって契約関係を終了できます。もちろん、全く自由ではなく、毎年の契約を繰り返し更新し続けていれば、従業員には「更新の期待」が発生し、徐々に大きくなっていきますので、無期契約(正社員)と似た立場になっていきます。

 この場合、「更新の期待」が発生せず、あるいは大きくならないように、毎年の契約更新の際に適切な評価のフィードバックとともに、来年更新されるかわからないことを明確に言渡すなど、運用上の配慮が必要です。契約形態を年俸契約にすればそれで済む問題ではないことに、注意が必要です。

3.試用期間

 これは、新卒社員や中途採用の社員の場合、履歴書や面接だけでは分からない本当の能力を見極めるために3か月や6か月の期間、仕事の遂行状況を評価します。そこで、結果が芳しくない場合には、試用期間が満了した段階で、当該社員を解雇することになります。試用期間+低い評価があれば、解雇のハードルが下がり、リスクが低くなるのです。

 けれども、ここも適切な評価が必要であり、丁寧な運用やプロセスが必要です。

 さらに、相手の能力を十分見極めているのに試用期間を改めて設定するようなことは、それ自体の効力が否定される可能性があります。実際、従前から働いていた保育士に対し、組織変更の際に再度試用期間を設け、能力不足を理由に解雇した事案で、解雇を無効とした裁判例があります。

 したがって、設立当初からのメンバーであるA君に適用することは難しい手法です。しかし、これから採用する中途入社員には有効な手法です。

4.おわりに

まどろっこしく感じるかもしれませんが、適切なプロセスによる適切な評価とその記録が無ければ、なかなかリスクを減らせないことがわかります。

その中で、会社の社風や経営方針に合致した方法を選択し、適切な運用を徹底しましょう。

ABOUT ME
芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰