判例

労働判例の読み方「同一労働同一賃金」【日本ビューホテル事件】東京地裁平30.11.21判決(労判1197.55)

0.事案の概要

 この事案は、定年退職後に再雇用された嘱託社員Xが、その給与等について、不合理な労働条件の相違があるとして、労契法20条違反を主張した事案です。裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.比較対象

 ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件を引用し、有期契約者と無期契約者の雇用条件の違いについて、問題となっている条件の趣旨を個別に判断し、合理性を評価する、という枠組みを採用しています。
 この点は、既に多くの裁判例が採用する判断枠組みで、裁判実務上既に確立したものですので、ここでは特に検討しません。
 比較方法として特に注目されるのは、具体的に誰の雇用条件を比較するのか、という比較対象の問題です。
 すなわち、有期契約者と無期契約者の雇用条件の比較、という言葉のイメージから、Xの雇用条件と対比する比較対象は、現在の他の無期契約者の雇用条件、と単純に想定されるところです。実際、Yは、当時のXの業務内容と近い無期契約者の雇用条件と比較すべきであると主張しています。そして、Yの主張した比較対象と比較した場合、Xの雇用条件の方が逆に有利となり、Xに対する不利益扱いは存在しない、とYが主張しています。
 けれども、裁判所は、不合理性の判断は諸事情を幅広く総合的に考慮して判断することを理由に、まずはXが設定する有期契約者と無期契約者の雇用条件を比較する、但し、Yの設定する比較対象もこの諸事情に含めて判断材料にする、という判断枠組みを示しました。ここで、Xが設定する有期契約者と無期契約者は、同じ時点の従業員同士ではなく、有期契約者時代のX自身と無期契約者時代のX自身です。つまり、Xは自分自身の過去の雇用条件と新しい雇用条件の違いを比較するよう求めており、裁判所はそれを基本的に採用したのです。
 この比較対象の設定は、これまでの労働法上の議論で言うと、雇用条件が下がった状態での有期契約の締結が合理的かどうか、という問題です。すなわち、有期契約が従業員の意思に基づいて適切に合意されたものかどうか、という問題と位置付けられてきたものです。
 けれども、この裁判例で、労契法20条の枠組みの中で従前の雇用条件と新しい雇用条件の違いの合理性を検討することを認めたため、定年後再雇用された従業員は、①従前どおり、有期契約の締結が従業員の意思に基づくものかどうか、だけでなく、②雇用条件の違いが合理的かどうか、という観点からも、合理性を争うことが可能となりました。すなわち、有期契約者になることについて納得して同意し、有期契約の有効性自体に問題がない場合でも、その条件内容に問題があれば、有期契約の合理性を争えることになるのです。

2.役職定年と激変緩和措置

 次に注目すべき点は、役職定年と激変緩和措置の評価です。
 すなわち、X55歳で役職定年となって、支配人の立場を離れ、給与が減額されたものの、激変緩和措置により大幅な減額はされませんでした。そのことによって、定年後再雇用されたときの有期契約者としての給与水準との差額が大きくなりました。
 他方、Xは、役職定年によって管理職者でなくなり、営業に専念する立場になっていたため、同じく営業に専念すべき定年退職後の有期契約者としての業務内容と、大きく異ならない状態となりました。
 つまり、定年退職前後で、業務内容に大きな差は無い(役職定年の結果)のに、給与水準には大きな差がある(激変緩和措置の結果)、という状態になっていたのです。
 けれども、裁判所は雇用条件の違いを、合理的と判断しました。
 まず、業務内容や立場の違いですが、同じように営業に専念すべき立場にあっても、定年前には人事考課に大きな影響を与える営業目標が設定されていたのに対し、定年後はその負担が軽減されていることや、運用上、有期契約者には配転がないことが指摘されています。
 次に、役職定年制度については、長期雇用を前提にした給与体系の一部と位置付けており、長期雇用を前提としない有期契約者と違いが生じることも合理的としています。
 そのうえで、退職金が支払われたことや、有期契約時の給与水準が入社6年目から13年目の正社員に相当すること等も考慮して、雇用条件の違いの程度も、不合理ではないと判断しています。

3.実務上のポイント

 アメリカの労働法では、雇用差別禁止の適用範囲を広げることで、労働者の保護が図られてきました。例えば能力不足を理由とする雇用条件の切り下げの合理性は、日本の労働法では、切り下げの合理性それ自体を問題にするのに対し、他の同様の労働者と比較して、切り下げ方が合理的でない、というように、「差別」にあたるかどうかが問題とされてきました。
 この裁判例が、労働条件の切り下げについて労契法20条の適用を認めたことは、日本でもこのような「平等」性による合理性判断の可能性を認めた、とも評価できるのです。
 実務上のポイントとしては、定年再雇用の際、当該従業員の承諾を取るだけでなく、その条件の合理性がより厳しく検証されるようになることを留意しなければならない、という点が指摘できるでしょう。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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