判例

労働判例の読み方「減給」【学校法人札幌大学(給与支給内規変更)事件】札幌高裁平29.10.4判決(労判1174.5)

0.事案の概要

 この裁判例は、大幅な給与減額を主な内容とした給与内規の変更を無効とした事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は、「一部無効の法理」の適用が問題になった点です。

1.判決の論理

 すなわち、組合との協議の過程で、段階的な引き下げを内容とする①「提案」をしたものの、結局、一気に大幅減額する内容の②「変更」を行いました。この「変更」が無効であるなら、せめて、その前の①「提案」を有効として欲しい、という被告大学側の主張に対し、裁判所はこれを認めなかったのです。
 ①「提案」は合意の成立を前提としている点で、被告大学側が一方的に行う②「変更」と、法的性質が異なります。合意が成立していませんから、この①「提案」を有効とすることが難しいことは、常識的に理解できます。
 つまり、「一部無効の法理」を持ち出してみたところで、①「提案」自体が有効になっていません(合意に至っていない)から、どこにも有効として残す部分が存在しないのです。

2.裁判例としての評価

 では、段階的な引き下げの①「提案」ではなく、①‘「変更」をし、その後に一気に引き下げる②「変更」をしていれば、つまり、①「提案」→②「変更」ではなく、①‘「変更」→②「変更」であれば、その範囲で有効と評価されたのでしょうか。
 この点は、評価が分かれそうです。
 一方で、判決文の中にある表現の評価の問題です。給与削減の影響を緩和する方法(激変緩和措置)は複数あり、そのうちの一つに特定できないし、交渉の過程で特定されていない、という趣旨の記載があります。この部分の意味を考えると、複数の選択肢が存在する、と言っていますので、裁判所は、激変緩和措置の内容を問題にしています(より適切な激変緩和措置を当事者が選ぶべき、という意味で)。つまり、内容が問題なのであって、①「提案」か①‘「変更」か、という形式の問題ではありません。したがって、いくら①「提案」を①‘「変更」にしたとしても、内容に変化がありませんから、①’「変更」の範囲で有効にはならない、という評価が可能でしょう。
 他方で、①「提案」の場合は内容が変更されていない(変更の途中)のに対し、①‘「変更」の場合は内容が変更されています(一方的に変更が完結してしまう)。したがって、①’「変更」の場合には、激変緩和措置をどれにするのか、という選択の問題は生じません。複数の選択肢が存在しない以上、裁判の事案と前提が異なりますので、この場合には①‘「変更」の範囲で有効となり得る、という評価も可能でしょう。
 では、なぜ、評価が分かれ得るのでしょうか。
 一般に、「一部無効の法理」は、(i)可分であることと、(ii)全部無効にするよりも一部は有効にした方がまだマシ(当事者の合理的な意思)、つまり、全部無効にするか一部有効にするか、という二者択一を迫られたら、普通の人であれば一部有効を選択するであろう、という2つの要件が必要です。
 この裁判例は、(i)の要件を議論しているように見えますが、内容の合理性も判断に影響しており、(ii)の要件も無関係ではなさそうです。しかし、両者の関係はよくわかりません。つまり、この裁判例は、論理的に整理されておらず、したがって、よくわからない部分が残っているのです。
 雇用条件の変更に関し、「一部無効の法理」の適用が問題になった事案は例が少ないので、一般的な「一部無効の法理」が、そのまま適用されるのか、それとも修正して適用されるのか、後者の場合、どのように修正されるのか、などの整理も含め、この問題はまだルール確立の途上にある、と言えそうです。

3.実務への応用可能性

 実務の側から見ると、雇用条件の変更について「一部無効の法理」が適用されそうだ、ということは分かったが、そのための条件はまだ明確になっていない、と評価できます。
 この状況で、雇用条件の変更自体が無効になる危険があるときに、次善の策を設定しておいて、「一部無効の法理」によって次善の策での有効性だけは確保しておく、という方策を講じるとすると、どうなるでしょうか。上記の分析のように、形式だけでなく内容も問題になるのですから、以下のような合意を従業員と締結すれば、「一部無効の法理」によって次善の策が確保される可能性が高まるでしょう。
① 甲と乙は、プランAで合意する。
② 甲と乙は、プランAが無効と評価される場合、プランBが適用されることに合意する。
 内容の問題(他の選択肢への配慮)に対応していないではないか、と指摘されそうですが、これは、当事者が合意する過程で他の選択肢も検討している、という交渉過程を記録に残しておくことで対応します。
 但し、プランBをわざわざ合意している点が弱点です。プランAの違法性を認めることになるじゃないか、という批判の根拠になってしまい、プランAの無効のリスクを高めそうです。
 このように見ると、まだ条件が明確になっていない現段階で、「一部無効の法理」を戦略的に活用することは難しそうです。せいぜい、実際に雇用条件の変更が無効とされたときに、結果的にプランBが有効と評価されてラッキー、という程度でしょう。

※ JILA(日本組織内弁護士協会)の研究会(東京、大阪)で、それぞれ、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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