判例

労働判例の読み方「障害者・自殺」【国・厚木労基署長(ソニー)事件】東京高裁平30.2.22判決(労判1193.40)

0.事案の概要

 この事案は、脳腫瘍・水頭症により身体障害者等級6級(脳原性上肢障害)の認定を受け、頭痛、左手の麻痺、眼・顔面に若干の傷害を有していたものの、大学院卒業後、健常者と同様に採用された従業員Xが、業務により大うつ病性障害を発病し、自殺したとして、労災該当性を主張したものです。労基、1審に続けて、2審も、Xの主張を否定しました。

1.ルール

 ルールに関して特に注目すべき点は2つあります。
 1つ目は、業務の影響に関し、障害者であることを考慮するかどうか、という点です。
 裁判所は、業務に内在する危険が具体化したかどうか、の問題なので、Xの業務が軽減されていればその業務に関して評価されるが、業務と無関係に障害者であることそれ自体を考慮しない旨の判断が示されました。業務が軽減されている場合には、軽減されるべき属性の労働者を平均的労働者とする余地があるとしていますが、ここでは、業務が軽減されていないので、この例外ルールは適用されませんでした。
 2つ目は、既に発症している精神障害が悪化した場合には、より厳しい基準である「特別な出来事」が必要とした点です。
 これは、「生死にかかわる」「極度の苦痛を伴う」「永久労働不能となる行為障害を残す」程度のものです。裁判所はこの理由として、既に精神障害になっている場合にはささいな心理的負荷に過大に反応すること、等を指摘しています。

2.あてはめ

 あてはめに関して、Xに対し厳しい結論となったポイントは、2つあるように思われます。
 1つ目は、Xには、自分の考えに固執し、協調性に問題があるなど、業務遂行上の問題があった点です。このことから、平成226月の時点では「適応障害」が発症したものの、これには業務起因性がないと判断したようです。
 すなわち、Xに対し、上司や周囲の者が時に厳しい発言をしていたことは、どうやら間違いなさそうであり、裁判所もそれが業務上のストレスになった、と一定の評価をしています。けれども、そのレベルは「適応障害」を引き起こすレベル「強」でない、等と評価されています。もちろん、これは直接的には上司や周囲のものの言動の侵害性のレベルなのですが、X自身に非難されるべき要素があるからこそ、その侵害性のレベルが低めに評価されていることが、その事実認定(2審が引用する1審の事実認定)からうかがわれるのです。ここで、もしXの業務態度や業務遂行レベルに問題が無ければ、侵害性のレベルはより高く評価され、業務起因性(因果関係)が認定された可能性が高いように思われます。
 さらに、8月の時点では「軽うつ病エピソードの診断基準を満たした」状態にあった、と評価されています。ここで裁判所は、上記2つ目のルールが適用されるとしたうえで、「特別な出来事」が存在しない、と認定しています。この段階で特に問題とされたのは、Xが職場探しのために配属された「キャリアリサーチ」での業務や、そこに配属されたこと自体について、ハラスメントに該当する、というXの主張です。専門家としてのプライドが高かったであろうXにとって、落ちこぼれが集められる、とも言われる「キャリアリサーチ」への配属やそこでの処遇は、極めて屈辱的であったことが容易に想像できます。
 けれども裁判所は、ここでも、精神障害を悪化させるべき「特別な出来事」は無かったと評価しています。高い基準を設定していることももちろんですが、それに加えて、Xの側に「キャリアリサーチ」への配属となった原因があり、会社側もXを退職させるために「キャリアリサーチ」に配属したわけではない、という事情があったことが、特に2審で慎重に判断されています。この2つ目の点でも、Xの側の問題が判断に大きな影響を与えているのです。

3.実務上のポイント

 裁判例として見ると、1つ目のルール、2つ目のルール、いずれもXの証明すべきレベルを高くしていますので、従業員であるX側にとって厳しいルールが設定されています。このルールの点だけみれば、Xは敗訴すべくして敗訴した、と見えてきます。
 けれども、最終的には「軽うつ病」と認定されているものの、Xは反抗的で攻撃的な面を見せており、「軽うつ病」と逆の言動を取っていました。さらにそのような言動が原因となって、Xへの会社の対応が厳しくなっていきましたので、Xの言動に加え、Xの主張にも、何か一貫しない不自然さが感じられるのです。
 だからと言って、実務上、従業員の揚げ足取りをすれば良い、というわけではありません。
 この事案で、会社は、たしかに上司や周囲の者が感情的になっている場面も見受けられますが、従業員に再生の機会を与えるプログラムが存在し、実際にそれに則って再生の機会が与えられるなど、かなりしっかりとした対応がされています。このような、中立的で公正な手続きの存在と、それに則った運用が、会社側の対応の合理性をギリギリのところで支えているように思われるのです。
 したがって、実務上は、問題のある従業員や障害のある従業員を、中立的に公正に処遇する体制やプロセスを構築し、それに則って運営することが、重要なポイントになります。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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