判例

労働判例の読み方「配転」【ジャパンレンタカーほか(配転)事件】津地裁平31.4.12判決(労判1202.58)

0.事案の概要

 この事案は、雇止めが無効とされ、従業員の立場にあることが裁判によって確認されていたアルバイト従業員Xに対し、会社が、Yを採用した三重県鈴鹿市から、名古屋市に配置転換した事案で、裁判所は配置転換を無効と判断しました。

1.勤務地限定合意

 1つ目のポイントは、勤務地限定に関する合意です。
 すなわち、最初の雇用契約書では、勤務場所が特定の店舗名が明記されていました。その後、更新された契約の中では、「近隣店舗」という文言が追加され、さらにこれが「(会社が)指定する場所」という文言に変更されていますが、そのことについて特にYから具体的な説明をされていません。実際、Xは近隣店舗に応援のために勤務したこともありますが、それも特にXの明確な合意を得て短期的に勤務しています。
 これらの事情から、少なくとも、最初の店舗とその近隣店舗に限定する合意があった、と認定されました。さらに厳密にいえば、最初の店舗に限定されるのか、近隣店舗を含むのか、という問題が残されていますが、名古屋への配置転換の有効性判断に必要な判断しかする必要がないため、裁判所はこの問題について判断を示していません。
 そこで、実際にどの時点でどのような合意が成立したのか、掘り下げて確認しましょう。
 Xがアルバイト従業員であり、短期的な戦力補充が本来の趣旨であることや、最初の契約書で勤務地限定合意が成立した、と評価され、その後の変更が有効かどうか、が論点と思われます。その観点で見ると、労働契約書上には「(会社が)指定する場所」と記載されていることから、この記載には効力がない、とする法律構成が問題になるはずです。
 ところが裁判所は、この点について、「YからXへの説明はなされていないことからすると」という説明しかしていません。労働契約書には、XYの両方が押印しているでしょうから、この契約書の内容がXYの意思に合致することが推定されるはずです。
 そこで、この推定を覆し、「(会社が)指定する場所」という内容への変更について合意の効力がないとする法律構成が問題になるところです。
 その1つは、心裡留保や錯誤など、民法の一般条項を適用する法律構成です。例えば、もし「(会社が)指定する場所」という記載によって本当に配置転換されるとわかっていたら、Yはこれに合意しなかった、という意味で、表示内容と実際の意思の間に齟齬がある、などと評価することになるのでしょう。
 もう1つは、従業員にとって不利な条件を従業員が受け入れる場合に要求される従業員の良し内容として、最近の裁判例が採用している基準、すなわち、「真に自由な意思に基づくことの客観的な合理性」が必要であり、単に書類にハンコが押されているだけでは足りない、という基準が適用された、という法律構成です。これによれば、「(会社が)指定する場所」という記載の意味、特にそのことによる不利益をYが十分理解するだけでは足りず、それを受け入れることがYにとっても合理性がある、ということが客観的に示されなければなりませんが、配転を受け入れれば給与が上がるとか正社員になるなどのメリットは認定されていません。この基準が適用されれば、合意は無効・不成立と評価されることに問題はなさそうです。
 けれども、後者の法律構成は、労働基準法などの強行法によって強制的に従業員の権利が保護されているような場面に限って適用される、と指摘されることがあります。実際、同じ1つの事件の中で、複数の従業員の合意が問題になった時に、一部についてはこの基準が適用され、一部には適用されなかった、という裁判例もあり、従業員の意思表示のすべてにこの基準が適用される、という状況ではなさそうです。その前提で見てみると、勤務地限定合意は、労基法で保護されているものでも、何らかの強行法によって強制的に保護されているものでもありません。
 このように見れば、適用されるとすれば前者の法律構成であると見るべきでしょう。

2.配置転換命令の権利濫用

 2つ目のポイントは、配置転換命令の権利濫用の有無です。
 裁判所は、権利濫用に該当すると認定していますが、配置転換命令の権利濫用の認定は、従前、極めて限定的であり、裁判所は消極的だった、と言われることがあります。その観点から見た場合、この裁判例は、権利濫用の認定に積極的であるという印象を受けます。
 たしかに、判断構造としては、①Yの事情(アルバイトを配転して補充する必要性がない)と、②Xの事情(長時間の通勤の不利益がある)の比較を中心としており、一般的な判断構造を踏襲しています。
 けれども、そのあてはめと評価は、非常に簡単なもので、本来自由である権利の行使を、明確な事前の合意やルールもなく「権利濫用」という一般的で曖昧な理由によって制限するにしては、非常に貧弱です。例えば、YXを配置転換した背景として、Xが現在の店舗で他の従業員とのコミュニケーションを拒否しており、仕事が頼みにくい状況にあることを挙げています。裁判所はこれを、Yに不利な事情と評価しているようですが、考えようによっては、孤立しているXを会社から追い出すのではなく、何とかまともに仕事をしてもらえる環境を提供し、解雇を回避しようと努力している、という評価(Yに有利な事情)も可能です。このように、評価が分かれる事情については、さらに関連する事情を集めて慎重に判断が行われるのが普通です。本来有している権利を否定するからです。
 そこで、この事案で権利濫用を比較的積極的に認定した背景が問題になります。
 その最大の事情は、本来、アルバイト従業員は短期的なサポートであり、配置転換になじまないだけでなく、裁判所が指摘しているように、Yが、Xの勤務態度を正式に指導せず、Xに業務態度改善の機会を与えていない点でしょう。
 すなわち、Yが自らすべきことをせずに、その不利益をXに押しつけている、という構図です。この構図は、解雇権濫用の場合によく用いられる構図で、この構図を配置転換命令の場合に応用したとすれば、解雇の場合よりもXY双方にとって影響が小さいからハードルが下がり、したがってより積極的に権利濫用を認定できる、というバランス感覚のように思われるのです。
 さらに、この配置転換はXを退職に追い込むためのものであり、例えば退職してもらいたい従業員だけを一部屋に集め、ロクに仕事も与えずに精神的に追い込むための「退職部屋」への配置転換と同様の評価、という見方も可能でしょう。
 けれども、退職に追い込むようにストレスをかけている他の事案に比較すると、ここでのストレスは片道1時間程度の通勤であり、しかもそのために近鉄特急の特急料金も全額Yの負担となっています。しかも、Xにとっては人間関係が崩壊している現在の店舗から、新たな人間関係構築可能な店舗への配置転換であり、仕事を与えないなどの事情はなく、むしろ従前と同様の業務を行うことが前提となっています。
 このように見れば、Xを「退職」に追い込むような悪質性ではなく、Yが自らすべきことをせずに、その不利益をXに押しつけている点の悪質性がより決定的であり、それが解雇権濫用の判断枠組みと合致しつつ解雇の場合よりも影響が小さいことから、より積極的に濫用を認定した、と評価すべきなのです。

3.気になる点

 しかし、1つ目のポイントで、勤務地限定合意が成立していると認定できるのであれば、この権利濫用の問題を議論する必要はないはずです。
 ところが、この裁判例が念のために権利濫用も認定し、Yの反論を徹底的に否定したように、理論的には不必要な判断を敢えて行う裁判例を、最近度々目にするようになりました。
 その背景はいろいろと考えられます。例えば、この裁判例は地裁での判決ですが、複数の法律構成の全てについて裁判所の否定的な評価を明確に伝えることで、控訴しても無駄ではないか、と諦めてもらうことを期待しているのかもしれません。そうすれば、仮に控訴されても、1審での検討が不十分であるとして1審の判断を否定されたり、差し戻されたりする可能性が減るかもしれません。
 あるいは、法律構成や事実認定を詰めすぎると、その判断に修正すべき問題があった場合に、その判断全体が否定されかねませんが、ここでの判断のように少し曖昧な部分が残されていれば、曖昧さゆえに控訴されるかもしれませんが、2審で多少の修正があっても、1審の判断全体を否定する必要がなく、判決への影響を押さえることができるかもしれません。
 そして、このような技術的な理由だけでなく、訴訟当事者への影響も、考慮されているように思われます。それは、当事者が訴訟手続きの中で争った論点全てについて裁判所が判断を示してくれることによって、その判断に対する納得感が高まる、という効果です。
 このような理由から、理論的に不要な判断が示される事例が増えているように思われるのです。

4.実務上のポイント

 解雇した従業員が、訴訟で解雇無効と認定されたために復職した場合、どのように対応するべきなのかについて、考えさせられる事案です。
 この事案では、周囲が腫れ物に触るような状態になってしまい、Xが孤立した状態を改善しようとせずに放置していたために事態が悪化した様子が見て取れます。
 もちろん、反抗的なXの対応にも問題があるので、Xへの対応に苦慮していたYの事情も分からないわけではありません。特急料金をわざわざ負担してまで働きやすい環境を提供しようとしているのに、という不満もあるでしょう。
 しかし、周囲や会社が我慢し、我慢の限界を超えた結果行った処分の効力が、裁判所で否定される、という事案は、形を変えつつ昔から多く認められるタイプの事案です。
 例えば、仕事をさぼってばかりいる問題社員に対し、周囲が我慢して受け入れ、いろいろな部署で仕事の機会を与えてきたが、もうどこも彼を受け入れない、という段階になって解雇した事案等が、典型的によく見られるタイプの事案です。このタイプの事案でも、会社が従業員に対して、合理的で公正な評価=極めて低い評価を与えてフィードバックし、不適切な言動に対しては適時適切に警告を与えて再発を防止する等の対応を行っていれば、解雇は有効となる余地があります。しかし、解雇の効力が否定される事案の多くでは、このような問題社員の犯行を恐れ、あるいは他部門に引き取ってもらいたいという思いから、悪い評価が付けられません。また、問題ある行動があっても、従業員の逆恨みを恐れるなどの理由で、適切な指導や対応がされません。「会社も我慢したのだ」と強がってみても、問題のある従業員に対して適切な対応をしていなかった事実は変わりませんから、裁判所は、会社の対応プロセスが不十分であることを重視して、解雇を濫用として認定するのです。
 Xが、裁判所の命令で復職し、しかも反抗的で取り扱いが難しい従業員であったとしても、特別扱いするのではなく、一般のアルバイト従業員と同様に接し、同様に指導し、同様に警告を行って、そのプロセスを記録に残しておくことから始めるべきだったように思われます。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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