判例

労働判例の読み方「育休・契約変更」【ジャパンビジネスラボ事件】東京地裁平30.9.11判決(労判1195.28)

0.事案の概要

 この事案は、育休前には週5日勤務の正社員(無期)だった従業員Xが、育休後(保育園が決まらず育休が6ヶ月延長された)には週3日勤務の契約社員(期間1年)の契約を交わした後、保育園が見つかったので正社員に戻すことを会社Yに求めたところ、Yはこれに応じず、かえってXとの契約社員契約の更新を拒絶した事案です。
 多くの法律上の論点が含まれますが、大きく分けると、Xが正社員に戻れるかどうか、という点と、Yが更新拒絶できるかどうか、という点です。

1.Xが正社員に戻れるか

 裁判所は、Xが正社員に戻ることはできない、と判断しました。
 複数の法律上の論点が検討されていますが、Xの期待、すなわち保育園が見つかれば正社員に戻るという期待は、その期待がYに告げられていたこと自体は裁判所も事実として認定したうえで、しかし、当然に正社員に戻されるのではなく、再度、正社員契約が締結されなければならないものだった、と認定したのです。
 この結論に至る過程を、法律上の論点を整理しながら、確認しましょう。
① 従前の正社員契約は終了したか。→終了した。
 正社員契約と契約社員契約の内容が大きく異なる点が、特にポイントです。
② 契約社員契約は均等法・育休法に違反するか。→違反しない。
 保育園が見つかった後の状況で比較すれば、正社員に戻せるのに戻さなかった、不利益だ、と評価されるかもしれません。
 しかし裁判所は、契約社員契約を締結した時点の状況で評価しています。
 すなわち、保育園が見つかっておらず、見つかるかどうかも分からない状況では、正社員契約を締結できなかった=復職できなかったのだから、それに比較すれば有利である、不利益でない、と評価しているのです。
③ 自由な意思に基づくか。→自由な意思に基づく。
 従業員にとって必ずしも有利と言えない合意をする場合、近時、単なる意思の表明では足りず、「自由な意思」に基づくことの「合理性」が「客観的に明らか」であることが必要とされる裁判例が多く見かけられるようになりました(山梨信組最高裁判決など)。
 この裁判例も、この「自由な意思」「合理性」「客観性」を、上記②と同様の理由から認定しています。
④ 錯誤が成立するか。→錯誤が成立しない。
 従前から、契約の「動機」が相手に示され、それが事実に反する場合には、契約が無効になる、というルールが確立しています。
 そこで、保育園が見つかれば正社員に戻る、という「動機」が示され、実際には正社員に戻されなかった(=事実に反する)のだから、契約社員契約は無効である、とXが主張しました。
 けれども裁判所は、正社員に戻るためには改めて正社員契約が必要である、という前提認識と、実際に正社員契約が必要だった、という現実の間に不一致(=錯誤)は存在しない、として錯誤の成立を否定しました
⑤ 保育園が見つかることを条件とする正社員契約が成立したか。→成立していない。
 正社員にも様々な条件(例えば、勤務時間についても、7時間勤務のほか、時短勤務もある)があり、それが予め決まっていない点などが、ポイントとなっています。
 以上のような検討を経て、Xは、当然には正社員に戻らない、と判断されたのです。
⑥ Xの期待を裏切った責任があるか。→責任がある。
 けれども、当然には正社員に戻らないものの、そのための交渉や対応について、Yの対応がXの期待を裏切る不誠実なものであったとして、Yの損害賠償義務を認めました。
 特徴的なのは、Yについて、「女性の働き方の多様性を甘受するかのような姿勢を標榜しつつ」、実際には「これに誠実に向き合うどころか、むしろYの考え方や方針の下にXの考えを曲げるように迫り」、強引に指導し、中核的な業務を奪い、Xの姿勢を批判・糾弾する態度であると、極めて厳しく非難している点、精神的慰謝料としては極めて高額と評価できる100万円(+弁護士費用10%)を認めた点でしょう。
 Yの非を十分認めつつも、当然に正社員に戻れると認めることも難しい、という裁判所の悩みが見えてくる判断です。

2.Yが更新拒絶できるか

 上記⑥で見せた裁判所の怒りは、Yによる更新拒絶の論点で爆発します。
 すなわち、保育園が見つかれば正社員に戻る、という期待をYも前提にしていたのだから、正社員に戻るまで契約社員契約が継続する期待がある、として労契法19条の適用を認めました。
 そのうえで、以下のように、Yの主張する更新拒絶の根拠には理由がない、と判断しました。結論として、契約社員としての地位があることを認めたのです。
① 正社員に戻すかどうかで対立していた事実
 この事実は、仕事しない、指示に従わない、という意味ではないから、理由にならない。
② XYのやり取りを他の従業員に話し、しかも虚偽の事実を述べた
 XYのやり取りについて、虚偽の事実を述べていない。XYのやり取りを他の従業員に告げることは問題ない。
③ Xがインターネットニュースの取材で虚偽の説明をした
 虚偽の説明をした事実は確認できない。
④ 約束に反してXYの交渉内容を録音した
 約束違反はあるが、事業の秘密を漏洩したのではなく、重大な違反ではない。
⑤ Yが出した労務上の多数の注意・指導・指示等に、Xが違反した
 これらの指示は、XYの交渉に関するもので、Yの条件に従えと強制するものにすぎず、業務上の注意・指導・指示等ではなく、就業規則の懲戒権行使の前提である注意・指導・指示等でない。
⑥ 約束に反して録音し、部屋からの退出命令に違反して退出しなかった
 これらの事実はあるが、重大な違反ではない。
⑦ 業務用のパソコンを使って業務外のメールを送信した
 この事実はあるが、重大な違反ではない。
⑧ 組合や弁護士に、Xが、制裁のためにYに在籍している、とメールで連絡した
 この事実はあるが、紛争関係者に対するもので、問題ない。

3.実務上のポイント

 結果的に、Xは、正社員であることは認められませんでしたが、契約社員であることと、Yに対する損害賠償請求は、認められました。
 女性の働き方に理解を示しているフリしかしていない、という点が裁判所の判断に一定の影響を与えていますが、それだけでなく、更新拒絶の場面では、仕事上の問題(業務品質が悪い、指揮命令に違反する、など)がなければ更新拒絶できないのです。
 トラブルとなっている従業員に対して、実際に業務を与え、業務上の指示を与えることと、その経過や結果を管理することは、実際にはとても難しいことですが、それができなければ更新拒絶できないことは、今後の従業員とのトラブル対応の際、念頭におかなければなりません。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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