判例

労働判例の読み方「過労事故死」【グリーンディスプレイ(和解勧告)事件】横浜地裁川崎支部平30.2.8決定(労判1180.6)

0.事案の概要

 この裁判例は、21時間を超える連続した業務後に原付バイクで帰宅する途中の従業員が、単独事故を起こして死亡した事案で、これを「過労事故死」と認定し、会社の責任を認める、という裁判所の判断を示したものです。これは、判決ではなく、当事者に対して裁判所が和解案を示すものですが、判決と同様の詳細な事実認定や判断理由が示されており、実質的に判決と同じ内容が示されています。
 実務上、特に注目する点は、1点あります。

1.過失相殺

 従業員の長時間勤務を考えれば、そのまま原付バイクで帰るのを止めなかった点を非難されても止むを得ないでしょう。飲酒運転が禁止されているように、過労状態での運転も、道交法上禁止されており、言うなれば、宴会で酔っぱらった従業員が原付バイクで帰るのを放任した場合と同じだからです。
 問題は、過失相殺です。
 この事件で従業員は、居眠り運転で車線を外れ、道路わきのガードレールや電柱に激突して死亡しました。いわゆる「自爆事故」です。
 これが、①停車していた車に原付の居眠り運転で後方から激突した場合で、自動車運転者と原付運転者の間の訴訟の場合、過失割合は、自動車:原付=0100が原則になります。自動車運転者が、停車中も後方に注意して危険を回避する義務を負う、という事態は考えにくいからです。
 ところが、②この事案では、会社:従業員=9010と認定されました。
 この違いをどのように説明するのか、が問題になります。
 この裁判例も含め、このような一見すると真逆にも見える判断の合理性の説明には、苦労している様子がうかがわれますが、不法行為法の趣旨や目的である「損害の公平な分担」がポイントと思われます。
 ①の場合、自動車運転手と原付運転手の注意義務は、対向します。自動車運転手の事故回避義務と原付運転手の事故回避義務は、それぞれの相手に向かっているからです。
 ところが②の場合、会社と従業員の注意義務は、対向しません。結果的に交通事故という形でリスクが現実化しましたが、会社が従業員に対して負うべき注意義務は、本来は健康配慮義務です。危険な運転をしないように体調に配慮し、体調が悪ければ運転しないように配慮する、という義務です。これに対して従業員側にも何らかの義務があるとすれば、自分の体調を自分で管理する、という面です。
 このように見ると、会社と従業員の注意義務は、対向するのではなく、会社の注意義務が従業員の注意義務のベクトルが同じ方向である、あるいは、一方が他方を包括している、そんなイメージを描けると思われます。競合関係、あるいは、包含関係、と言えるでしょうか。
 あるいは、②の問題は内部分担割合の問題であり、①の問題で負担割合が決定した原付運転手側の責任を、原付運転手側(本人と使用者)でどのように分担するか、という問題に位置付けることも可能です。
 そうすると、23時間も連続で働いて、危険な運転をするような体調になってしまい、それが実際に事故(死亡)に繋がった場合の損害を分担する場合、責任の割合はどのように決まるのか、という観点で判断することになります。実際、従業員側の過失となり得る事情として、原付バイク運転上の不注意は全く考慮されていません。せいぜい、バスでの帰宅や仮眠室での仮眠などを選択しなかった不注意や、従業員がオンラインゲームを(ほんのわずか)していた点を、考慮しているにすぎません。判断すべき事情が①交通事故の場合と明らかに違うことから、①交通事故の場合とのベクトルの違いを如実に表しているのです。
 そして、この観点で見た場合、従業員は会社業務として指揮命令関係下で働いていて、仕事中、必要な休憩を取るなどのコントロールが難しかった点を考慮すれば、9010という判断も、あながち不当とは言い切れないでしょう。

2.実務上のポイント

 ところで、通常の「過労死」「過労自殺」と、「過労事故死」は同じでしょうか。
 具体的な違いが明らかになったわけではありませんが、両者は違うように思われます。
 なぜなら、通常の「過労死」「過労自殺」の場合には、会社と従業員の「健康配慮義務」の関係は、むしろ対向関係に近いように思われるからです。健康を害したこと自体が問題だからです。
 ところが、体調が芳しくない状態から、別の事故が惹き起こされた「過労事故死」の事案では、事故を回避する、という点を見れば、対向関係ではありません。両者の健康配慮義務違反の競合や包含であり、ベクトルの方向は一致しているように思われるのです。
 以上の整理は、一つの試案であり、「過労事故死」類型は先例も少ない領域ですから、議論はこれから深まっていきます。
 けれども、少なくとも、交通事故の過失割合の認定とは全く違う視点で行われる、ということは、理解すべきポイントとなるでしょう。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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